やはり走るように書きたい。
by shuzot16
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箱根駅伝4区をウオーキング

平塚から二宮まで旧東海道と国道1号線を歩き、二宮から小田原まではJR利用。
箱根駅伝の4区を学生の選手たちなら1時間ちょっとで走り切るところを、
20名の年寄り軍団は歴史の襞に触れつつ7時間かけて早春の湘南を堪能した。
   
    ●歩のごとし年金生活二月果つ

花水橋をわたって大磯に入り化粧坂をすぎると旧道の松並木がつづく。
電柱のない大磯のメインストリートは空が明るく大きくすっきりと見えた。
平安時代末期から相模の国の国府が置かれていた大磯は明治以降、
各界名士の邸宅・別荘が150を超え、蘇峰や藤村も遊んだところそうだ。

    ●湘南にやはりこだわり水温む

火災で母屋が焼失してしまった旧吉田茂邸を訪ね、その足で筋向いに残る
旧三井邸の庭園にある大磯城山公園の茶室で緑茶を喫し展望台に登った。
二宮駅では予定通り小田原城に向かうグループと分かれて、
目の前にたたずむ吾妻山の300段の階段をのぼり山頂にたどりついた。
そこは菜の花と水仙の群生、はるかに箱根・丹沢が連なり堂々と富士山が屹立。

    ●なのはなや富士の裾引く相模灘

旧東海道のウオーキングも最後はJRをふた駅乗り継いで小田原に到着。
明治26年創業の壮麗な「唐破風入り母屋造り」の達磨料理店で打上げと相成った。
筆も口も達者な三澤リーダーの綿密なるプランに感謝するのみである。
来月の北陸新幹線の開業をひかえて加賀金沢が気になる1日であった。

    ●三月が手招きするよレディー・カガ
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# by shuzot16 | 2015-02-20 18:17

●ドブ板通りスカジャン革ジャンおあ兄(じい)さん (収三)

1月14日二歩会三浦半島横断に17名参加の新記録

京都より村形明子さん、地元横須賀より上床君を初めて迎えて、
10時安針塚駅を堂々と出発と言いたいところをだらだらと17名が出発した。
30分足らずで按針塚の手前の急登に差掛ったところで窪田君が転倒。
すぐに立上がったが瞬間的に記憶が途切れたそうで顔から血を流していた。
今尾ドクターが言う脱水症の症状らしいが用心用心。

●荒星や三浦按針四百年 (収三)

英国人ウイリアム・アダムスは関ヶ原の合戦の前年1600年、九州臼杵に漂着した。
その後家康によって250石の旗本に取立てれて三浦按針を名乗った。
按針の名はもともとの職業であった水先案内人に由来しているそうだ。
塚山公園には今按針夫妻を慰霊する二基の供養塔が建てられ按針塚と呼ばれる。

●冬凪や第七艦隊かすみゐて (明子)

塚山公園の展望台からは横須賀の軍港の全貌がが見渡せる。
12月の下見の時には巨大な姿をさらしていた原子力空母ジョージ・ワシントンは
見当たらずいずこを航海中であろうか・・・。

●大楠山冬麗はやも曇りきて (明子)

三浦半島の中央部にそびえる(?)大楠山は標高240mとあるが決して甘くはない。
高速の横横道路に付かず離れず道をたどると阿部倉温泉ののどかな里を過ぎる。
240段の階段の果てにゴルフ場のフェンスにたどり着き山頂の電波塔が見えてきた。
そこで昼食と相成ったが、なんとこの寒風の中ランニングシャツのGIのご仁がいて、
別掲のように高木カメラマンも記念撮影におさまっていた。
大楠山の展望塔からは相模湾と東京湾が一望出来てまさに三浦半島の臍であった。

●十七人持ちつ持たれつ冬ハイク (明子)

14時ここで幸福君の発案ですぐにバス停に下る弱音組と、予定通り遊歩道を目指す
敢闘組に分かれて出発した。落葉のクッションの下りの山道が気持いい。
ほどなくせせらぎに沿った遊歩道に出たがここでも二手に分かれて、私は車が通る
コースを選んで歩くと、頃合いの喫茶店がありひと息入れることが出来た。
バスで逗子へ向かうと葉山の街に入り建ち並ぶ別荘の色合いが変わってきた。
打上げは逗子駅前の日本料理店「はら田」で貸切の宴会となった。

参加者:井桁・稲田・上床・大森・岡部・神田・窪田・幸福・清水・高木・西川・藤村・
三澤・村形・森山・依田・田中(文責)
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# by shuzot16 | 2015-01-16 17:18

もうニセヤツなんて申しません。

10月25日下山後、湯屋「百楽泉」で窓から登ったばかりの山をぼんやりと眺めた。
姿妙齢なる茅ヶ岳の山並みである。
そしてその左手には似てはいるがひと回り大きな八ヶ岳の山塊が見えた。
こう見ると茅ヶ岳はニセヤツなんて言われているが山容は確かに似ている。

だがしかし甘く見たわけではないが今日の茅ヶ岳山行は思いの外辛かった。
二歩会10人のメンバーは韮崎駅からバスで登山口深田公園に着いた。
ここから標高差764mの茅ヶ岳1704mを目指したのである。
女岩まではなんとなくやり過ごせたがここからは岩がごろごろした急峻が続く。
黄紅緑の3色の紅葉のすき間からは真っ青な空が見え隠れしている。

一歩一歩脚を引上げるのに苦労しながら登っていくと小さな石碑に出会った。
なんとここが今をときめく百名山命名の父深田久弥の終焉の地と記されている。
1971年享年68歳のことだそうである。
はうようにして歩くとにぎやかな声が聞こえてきたらそこが茅ヶ岳山頂であった。

土曜日のせいか若い女性や保母さんに連れられた園児たちでいっぱいであった。
眼前にはひときわ大きな頭の白い富士山が迫ってくる。
八ヶ岳の峰々・南アルプス甲斐駒ケ岳・鳳凰三山、先月登頂したばかりの
国師ヶ岳の秩父連山と、食事がのどを通らないほどの圧倒的な眺めであった。

帰路は並行して走る尾根道コースを下ったが行けども行けども続くがれ場であった。
滝のように流れる汗はおさまる気配はなく、倒れるようにして登山口に戻ってきた。
ニセヤツなんて申してごめんなさいと言いながら、定番になりつつあるジャンボタク
シーで温泉と居酒屋を巡りゆっくりとくつろぐことが出来た。
膝の泣き笑いと格闘しつつ紅葉を楽しめた長い一日であった。
そして毎回のきめ細やかな高木幹事の配慮と小林会計にも感謝する一日であった。

井桁・稲田・今尾・岡部・窪田・小林・清水・高木・田中(文責)・依田
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# by shuzot16 | 2014-10-26 15:18

5年ぶりのマラソン完走

思い返せば2009年12月のナハマラソン以来のレースだった。
その時に脚を引きずってゴールしたのがあだとなって
それ以来全く走ることが出来なくなり、2度の膝の手術を決断して
一昨日ようやく走ることが出来るようになったのである。

距離は10kであったが走り終わってのダメッジはフルマラソンと同じよう。
このところ毎月200kを走りを交えて歩いていたが、
やはり5年間のブランクはいかんとも埋めがたい大きさがあった。
まだまだ走れる身体にはなっていないのであろう・・・

昨日のランニングデポの練習会の冒頭、久保代表が皆さんの前で
結果を紹介してくれたのは突然のことでうれしかった。
参加者が1000人か2000人かは承知していないがタイムは1時間29分、
申告より1分早いゴールで何ももらえないブービー賞であった。

来月17日には手術をしてくれた主治医の診察を予定しているが、
どんな顔をして話を聞いてくれるかが今から楽しみである。
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# by shuzot16 | 2014-10-13 21:53

ジャンボタクシー国師ヶ岳へ9月16日

●峠とは国字なりけり秋涼し

8時58分着のあずさ3号を塩山駅で降りて改札を出たら、高木様の名前をかかげる
人の良さそうなタクシーの運転手さんがすぐ目にとまった。
ジャンボタクシー2台に分乗して甲府盆地をひたすら北上、1時間半で大弛峠に到着。
一気に標高2360mまで上って来たのですぐに高地に順応できるかがやや不安。
峠という字は漢字ではなく国字なんですよと高山さんが教えてくれた、なるほど・・・。

●山頂の地震(ない)の歓迎鰯雲

ここからは標高差200mちょっとだから楽ですよとリーダーのふれこみであったが、
初めから胸突き八丁というおもむきのかなりの急登、急斜面の木道や階段がつづく。
大きな岩をこえるのに難渋しながら、はるかに名峰金峰山が見え隠れしている。
最初の目的地前国師を経由して12時きっかり岩場の中の国師ガ岳に到着2592m。
風もなく穏やかな天気にめぐまれて八ヶ岳や南アルプスを眺めていたら突如の揺れ。
弁当を抱きかかえて震源地を携帯で探索したがだれもが圏外表示であった。
今日の最高峰2601mの北奥千丈岳に立寄って下山の途についたのが13時ころ。

●鶏頭の昼の名残や甲斐のお湯

巨岩が転がる「夢の庭園」で最後の休憩を取ると間もなくタクシーが待つ大弛峠だ。
6kほどのコースでを余裕を持って歩いた山行もいよいよフィニッシュ、高木リーダー
の指示で13人が持寄ったおやつをたっぷりと楽しむことができた1日だった。
塩山駅に向かう途中の鼓川温泉で1時間汗を流した後は、地酒の七賢や山梨産の
ワインを存分に味わい、庭先の鶏頭の花に別れをつげてタクシーに乗込んだ。
(田中収三記)
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# by shuzot16 | 2014-09-19 09:22

曲がりても津軽じょんがら大西日 (五能線にて)

旅は呼びかけのフレーズの勢いで決る。
今回は皆様まことに申訳ありませんが当初考えていました
「行くぜ青森・リゾートしらかみの旅」で書かせていただきます。

●6月22日10時、東京駅の秋田新幹線のホームに初老の5人が集まった。
1965年早稲田大学を卒業したデザイン研究会のOB・OGの面々である。
大宮駅で北文雄が合流していざ北へ出発!

初めて乗る秋田新幹線こまち13号は300キロ超えるスピードで快調に北上。
田沢湖を過ぎるあたりからスイッチバックを繰返して、
いつの間にか狭軌のレールの上をスピードを落として走っている。

秋田で五能線のリゾートしらかみ5号に乗り換えてハイライトの幕が上がった。
植田桂子幹事の尽力でぴったり6人用のコンパートメントが用意されている。
進行左側に面した大きな展望用の窓からは海岸線をぎりぎりに走り
日本海の絶景がつぎつぎに迫ってくる。

十二湖駅で下車して宿泊地の「アオーネ白神十二湖」に向かった。
ここからは高橋敏夫幹事の綿密なプラニングでコテージが2棟用意されている。
ゆったりとした敷地に20近くのコテージが並んでいるがひっそりと静かである。
展望台からは日本海に沈む太陽が望めるというので待構えていたが・・・

ここ十二湖の海岸には、50年前の野尻湖での合宿の終わって青森へ向かう
途中立寄って、酔っぱらった小野徹が夜海に飛込んだと記憶していたが、
今となっては定かでない。

●6月23日バスで奥十二湖へ散策。うっそうとしたブナ・ミズナラ林には十二湖と
言っても実際には大小合わせて30を超える池があるそうだ。
コバルトブルーの湖面の青池や昨夜食したイトウの養魚場を見学した。
2kほどの散策コースであったが松倉崇だけは腰をかばってショートカットした。

列車とバスをのりついでもうひとつの目玉「黄金崎不老ふ死温泉」に向かった。
岩礁にしつらえられた露天温泉である、高橋が裸で写真を撮りまくってくれた。
しらかみ5号で鰺ヶ沢温泉に向かった。
深浦のゆるやかなカーブでは列車はスピードを落として通過。
水軍の宿に到着した。ふたたび露天風呂であるがゆったりとつかっていると
雑念を忘れさせてくれた。

●6月24日、いよいよ最終日、ジャンボ・タクシーで白神の森ミニ周遊コースへ。
長靴に履き替えてトレッキング、途中聴診器を耳にあててブナの鼓動を聞く。
鰺ヶ沢駅に戻り3度目のしらかみ特急を待つ。
ここは舞の海の出身地だそうだが青森は日本一力士の出身数が多い県とのこと。
学校にはどこも土俵があるそうで納得した。

車内で津軽じょんがらを聞きながら、リンゴ畑を眺めつつ最終地青森駅へ向かう。
彼方に岩木山が圧倒的な存在感で迫ってきた。

楽天によると五能線は白神山地の人気と相まって人気オススメ第1位だそうだ。
2日目に訪ねた十二湖は青森出身の太宰治曰く、
「気品はあるがはかない感じの湖である」そうだ、なるほど、しっとりしていた。
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# by shuzot16 | 2014-08-22 16:03

酒は議論のガソリンみたい。

塩見研修会で3日間家をあけて、家に帰ってたまった新聞を読むのが
楽しみだったが今回はなにかが違うような感じがした。

塩見での最初の日の夜、酒を飲みながら私の愛読紙は朝日だと言った途端
今どき朝日なんかを取っているのかと3君から非難の矢が飛んで来た。
「お前は8月5日の朝日の慰安婦問題の訂正記事を読んだか」と迫られた。
残念なことに私はおどろおどろしい慰安婦問題には今まで目をつぶってきた。

さっそく8月5日の記事を探したら見開きの特集が2日間にわったて掲載されていた。
90年代の朝日の誤った報道が現在のぎくしゃくした日韓関係に火をつけたらしい。
真相は不明であるが朝日は少なからず訂正と謝罪の姿勢を見せている。
読売や産経を読んでいる3君の鬼の首を取ったような顔がよみがえってくる。

人は見たいものしか見ないと誰かが言っていたが私もまさにそうである。
私は横浜ベイスターズが負けた翌朝の新聞はぱらぱらとしか目を通さない。
素直に朝日新聞を信用できなくなってきたのは確かであるが、
だからと言って私は朝日をやめる気は毛頭ないし、やめるときは新聞をやめる時だ。

季節の移ろいをうつす天声人語は私の俳句作りにはなくてはならないコラムだ。
最近の2句を紹介しますのでご批評ください。
●千ミリを超えし雨とは解夏の土佐
●辛うじて曜日で暮らす秋はそこ

塩見研修会 8月17日~19日 民宿大和荘
朝夕はそよそよと風が吹き穏やかな海はるかに富士山をのぞみ快適な3日間でした。
参加者:稲田代表幹事・小林事務局長・荒木・今尾・今川・岡部・窪田・竹原・野村・
三澤・若林・文責田中(12人)
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# by shuzot16 | 2014-08-22 10:11

五年経て果てなき走り青嵐

一昨日の20日、NAHAマラソン以来5年ぶりに完走することができた。
(その間、松島マラソンやフロストバイトなどもあったが・・・)
と言ってもささやかに5kであるが、
走り切れるか自信がなかっただけに嬉しさはやはりひとしおだ。
スタートに遅れてしまい目の前には全く人影がなかったが、
10分遅れでスタートした10k群の人たちにすぐに飲込まれてしまい、
それでもゆったりしたペースでゴールし安江さんに迎えられた。

久しぶりに行った米軍の相模原デポは、
荒れ果てた空き家同然かと思っていたらすっかり整備されていて、
曲がりなりにもアメリカとロシアの緊張感が漂っているかと
予想していたらこちらは平時そのもの。
しかしながらリニア新幹線の神奈川県の駅の候補地に上がっていたのは
もう遠い昔の話なんだろう。

今日希美ちゃんからのメールにわが友布宮さんがボストンマラソンで
去年の雪辱を果たしたと書いてあった。
これでベルリン・ロンドン・シカゴ・ニューヨーク・東京にボストンと
世界6大メジャーマラソンレースを走破したことになる。

私が故障で悶々としている間に彼はメジャーレースを制覇したのだからすごい。
布宮さんの偉業を何とかカタチにしてお祝いをしたいと考えている。
私のこれからの目標は来年3月の第1回横浜マラソンにおいているが・・・
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# by shuzot16 | 2014-04-22 15:41

江戸時代にタイムスリップした2月の二歩会。

 朝8時日本橋の橋の上に集合した11人。
ボランティアガイドの三澤君の説明で日本国道路元標を確認して
鶴見を目指す旧東海道の旅が始まった。
春雨が降ったり止んだりする中、京橋を過ぎて銀座はまだひっそりとしている。
田町の旧薩摩藩邸での西郷隆盛・勝海舟会見の地碑を確認。
こんもりとした高輪大木戸跡は上方へ向かう旅人が江戸と別れを惜しんだ所だそうだ。

 泉岳寺で四十七士の墓に詣でて門前の「藪蕎麦」で昼食。
ここで宮崎君が合流、さっそくコップ酒を味わっている者もいる。
八ツ山橋を渡ると品川宿に入り旧道が整備されて歩いていても気持がいい。
品川本陣跡に立寄り、日本橋より二里の道標を発見。

 青物横丁を横目に八百屋お七が火刑に処された鈴ヶ森刑場跡に到着すると、
午前中の診断を終えた今尾君がソフト帽のスーツ姿で近づいてきた。
ここら一帯は江戸名産の浅草海苔の産地であったが今は千葉産だそうだ。
白梅・紅梅が満開の梅屋敷跡でしばしの休憩。

 広々とした1号線を行くとはるかに多摩川の新六郷橋が見えてきた。
江戸時代橋が架かっていたいたこともあったそうだがひっそりと渡し跡があった。
いよいよ川崎宿、ここまで来ると20キロ歩いてみんなぐったり。
元気者の大森君だけが本来の目的地の鶴見まで歩いたが、
その他大勢は鶴見の打上げの店「魚春ととや」へと電車で急いだ。
昔の旅人はこの2倍の距離の保土ヶ谷宿まで歩いたとは三澤君の弁だ。

2月27日:
井桁・石川・稲田・今尾・大森・岡部・窪田・高木・西川・藤村・三澤・宮崎・田中(文責)
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# by shuzot16 | 2014-02-28 17:37

クローザー上原浩治38歳。

大リーグのワールドシリーズでレッドソックスが優勝を果たした。
6年振りの優勝であるが本拠地ボストンでは95年振りとか。
この優勝の立役者はなんと言っても大リーグ5年目の上原である。
オリオールズ、レンジャーズを渡歩いた遅咲きの38歳。
息子を抱上げてインタビューに応える姿は実に爽やかだった。

今シーズンで引退したヤンキースのクローザー、
マリアノ・リベラは43歳、セーブ数はなんとなんと652。
クローザーとして頑張っている楽天の斉藤隆もおなじ43歳。
2009年レッドソックスでもプレイしていたが、
ベイスターズ以来の日本一をを再度掴めるか・・・。

こう見てくるとクローザーの選手寿命はとても長いようだ。
上原もこれからまだまだ活躍できそうだ。
私は73歳にして膝の再手術を決意したが、
いい年してとからかわれようとももう一度走りたいという夢を
捨てきれず敢えて難しい道を選択してしまった。
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# by shuzot16 | 2013-10-31 18:21