やはり走るように書きたい。
by shuzot16
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横浜つながりの森歩き

 梅雨のさなか少々の雨は覚悟の里の会であったが、金沢文庫駅駅を出発する
ころは太陽も顔を出す蒸し暑い日和となった。
東横線の事故遅延で藤村君が参加できなかったのは残念至極であったが、
石川さんは機転を利かせて定刻の5分遅れで到着した。

 今回のコースは横浜南部の最高峰大丸山を抱く、南北3k・東西3kの
ところに三角形を描いてその2辺を歩こうという計画である。
水2本と弁当持参を確認して能見台緑地に向かった。
能見堂があった跡地に差しかかると左手に住宅地、右手に高層マンションが
見え隠れする帯のような能見堂緑地の六国峠ハイキングコースである。

 間もなく車の音が遠くから聞こえてきたが横浜横須賀道路の近くである。
車で走ったことのある人ならご存知であろうが、朝比奈峠の手前のうっそうと
した森が続くとところが見えるがこれからそこを歩くのである。

 風が抜ける頃合のこがね台広場で昼食と相成ったが、旅行通の今尾君が
すかさずこの広場にちなんで貴金属の話を始めた。
近々あるイギリスの国民投票でEC離脱が決まるとポンドが下落して金も
追随するので、小金がある人は気を付けたほうがいいというありがたい
話をたまわった。

 釡利谷市民の森を過ぎると今日の目玉の金沢自然公園だ。しだの谷の木道を
歩くとそこはひっそりとした映画ブルーハワイの世界。
日の光もさえぎられて汗も引くひんやりとした心地だ。静寂のようせいの池を
過ぎると一転してギラギラとした太陽が照りつけた。
金沢動物園前の森閑とした駐車場だ。なんだ今日は定休日かとなかば納得
して正門横のトイレでくつろぐとアフリカ事情に詳しい平田君がトイレ蘊蓄を
披歴して、戦後の和式トイレの話では大いに盛り上がった。

 横横道路の下をくぐると今日の最大の難所大丸山のアプローチだ。
高々157mの大丸山を馬鹿にしてはいけない。おそらく標高差100m
ちょっとだろうがゼイゼイとした吐く息と玉の汗の階段が続いた。
ようやく頂上からは横須賀方面の眺めであったが地元の上床君の家は
確認できなった。

 今日の折り返し地点自然観察センターに着いた。ここで冷えた水をふるまう
予定であったが、三澤君がじくじくと言っていた通り休日のあとの月曜日で
休みであった。自然観察で来た小学生のグループは特別扱いで出入り自由、
われわれは生ぬるい水道水で我慢した。

 いざ港南台駅を目指すかと立ち上がったら準地元のもと湘南ボーイの
幸福君が、このまま天園はすぐそこだから鎌倉を目指した方がいいと
言い出した。
ここは2度も歩いている幹事としては譲れない一線、ここからは尾根歩きで楽な
道だと説得して、ひたすら東へむかうことにしていっしんどう広場を目指した。

 3時半いよいよ山を下りて港南台駅へは汗のじっとりにじむ敗残兵のような
足取りであったが、ここでもまた喧々諤々。
手近な店に入りたがるみんなをなだめてさすが井桁先生、港南台駅前の
ファミリーレストランCOCOを見つけて打ち上げとなった。
(文責・田中収三)
 

 
 
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# by shuzot16 | 2016-06-22 18:40

新緑のもと4連チャン

久々に4日連続の外出がつづいた。まず14日は遊牧の鎌倉の吟行だった。
午前中鎌倉の材木座海岸を歩いた。波打ち際のひろさにびっくり。
砂浜で正座して化粧をする若き乙女のサーファー。
はるか遠くには点々としたサーファーがオットセイの群れに見えてきた。

●点々と遥かサーファーおっとせい

句会の会場に向かう途中で珍しい看板に出っくわした。
ステイハウスのスローガンらしいが亀時間という表現に惹かれた。

●春雨や濡れて行こうか亀時間

15日は駿河湾まで遠出の旧東海道を歩く二歩会のウオーキングだ。
圧巻は由比海岸をサッタ峠から眺めた天と地の景色だ。
眼前には圧倒的な迫力で富士山が迫り、
はるかかなたに太平洋にかすむ伊豆半島を従えている。
眼下には現在日本経済の縮図とも言える由比海岸は、東名・新幹線・
東海道在来線・国道1号線が駿河湾の隘路にひしめき絡み合っていた。

16日は毎朝のラジオ体操の仲間に誘われて、
港南台駅から北鎌倉駅までの横浜アルプス縦走で15k歩いた。
これをもとに6月に予定のニッ歩会の里の会を計画しようと思っている。

そして昨日17日は恒例になっている相模原デポでのマラソン大会だ。
最近はささやかに5kになってしまったが、10分遅れでスタートした10k部門の
娘のさやかにそうそうに追い越されてしまった。
部門別4位だったそうだが久々に家族で走って爽快であった。
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# by shuzot16 | 2016-04-18 20:44

旧東海道を歩いた16名の大名行列

三島駅で新幹線こだまから在来線に乗り換えて新蒲原に向かう車中、
岡部君の携帯が鳴った。
石川さんと上床君がひかりに乗り間違って静岡に行ってしまったそうだ。
さいわいひと駅先の蒲原について戻ってくるお二人に会うことが出来た。
稲田幹事長も出発間際の小田急線事故の遅れを回復すべく先回りして、
旧東海道の道中で間もなくお会いすることが出来た。

ぞろぞろと初老の16人が歩く姿は街道筋の人にはどう見えただろうか。
どうしても列が長くなってしまい幹事の三澤君は初めからやきもきしていた。
蒲原宿本陣跡を後にしてふたつ目の由比宿本陣跡に到着。
現在ここは静岡市だそうだが広重美術館や公園とさすがによく手入れされている。

目利きの三澤幹事が街道筋の神沢川酒造で由比正雪由来の清酒を購入。
これを由比漁港直前の路地で立ち飲み、乾いた空気に「正雪」の味も抜群。
いよいよ居並ぶ漁船を眺めながら水揚げされたばかりの桜えびの掻揚げ丼だ。
駿河湾の深海の旬の味をゆっくりと味わった。

●枇杷の道サッタ峠や袋掛け

いよいよ本日のハイライト、駿河湾の山と海が迫る隘路サッタ峠に差し掛かった。
眼下には日本の大動脈、東名高速・新幹線・東海道在来線・国道1号線と
わずか100mのところにぎっしりと絡み合っている。
枇杷畑がつづく旧街道からは見慣れた姿とは違う富士山がそびえ立ち、
はるかに伊豆半島を従えて太平洋に消えていた。

サッタ峠を下り終えるとだらだらとした興津駅までの道を脚をひきずって歩いた。
三島駅に戻った16人は三澤幹事が急ぐ鰻屋にはぐれないように必死に従った。
さすがに三島の鰻屋「桜家」は安政3年創業の老舗中の老舗だそうだ、
3階の大広間に案内された我々はちと高めのうな重にありついた。
二木会には舌が肥えた鰻好きが多くおかげでいくら食べても飽きない鰻にありつける。
相伴にあずかった清酒「越乃景虎」がこれまた辛口で絶品であった。

ありがとう三澤隆久幹事!!!
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# by shuzot16 | 2016-04-17 17:50

3,31国府津事件

皆様

先日の国府津に行った帰りに電車の中でうるさすぎ、近くの若い男性乗客から注意されました。
飲み屋で飲んだ勢いも手伝って皆、声が大きくなっていました。

一人の乗客はあきれて他の車両へ行き、もう一人からもかなり大きな声で注意されました。

我々は酔っていると、周囲の乗客との関係が分からくなって少し騒ぎ過ぎてしまう時があるということです。
年長である我々が年若い人に注意されることは恥ずかしいことです。

飲み屋の個室は良いとしても、これからは周囲にも配慮し、特に帰りの車中では静かにするようにしましょう。
また、気が付いた人はお互いに注意するようにしましょう。

OUKUN
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# by shuzot16 | 2016-04-06 17:56

13キロ歩いた果ての日本酒の試飲。

曽我丘稜縦走のプランは桜の満開とどんぴしゃりと思っていたが、
現地に行ってみるとまだまだ二分咲き、1週間早過ぎたのが残念至極だった。
それを補ってくれたのが脚を引きずってたどり着いた井上酒造の見学だ。
なんと200年こえる歴史のある七代目当主が日本酒の魅力を語ってくれた。

吟醸酒の後飲んだスパークリングワインならぬスパークリング日本酒が絶品だった。
口の中の刺激がなんとも心地よく思わず二杯もおかわりしてしまった。
看板商品の箱根山は小田原近辺でしか発売していないそうだがこんどNETで
注文してみようと思っている、横浜でも広く知らせてみよう。

今回のニッ歩会にはもうひとつ目玉があって、地元の嶋田君がゴール地点の
「いこいの村」で取れたての八つ頭と里芋を茹でて待っていてくれたことだ。
わざわざニッ歩会のために自家菜園の野菜を振舞ってくれるとは頭が下がる
思いであるが、これが今ある二木会を支える底力ではないだろうか。

今回のトータルの参加者は14名であったがその間人の出入りは激しかった。
中でも特筆すべきは、午前中の診断を終えたドクター今尾が打上げの店に悠然と
現れたことだ、まさに驚きの出来事であった。
高々300m前後の山を3つこえる山歩きだったが、山の会と里の会との境界線が
あいまいという意見もあったがこれも良しとしよう。
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# by shuzot16 | 2016-04-01 11:00

佐倉城空堀深し梅八分

大森幹事の思い入れの強かったニッ歩会の佐倉散策は企画が良くて大盛況だった。
佐倉藩は譜代大名として江戸幕府とつかぬ離れぬの関係を維持して258年間
11万石を保つことが出来た。
築城の際近くに採石場が無いこともあって城の周囲に空堀を巡らせて、
さらにそこに蝮を放して防御を固めたそうだがこれはまゆつばものか・・・。

最初に訪れたのは佐倉順天堂記念館。
ここは江戸末期の1843年、蘭医塾兼外科の診療所として創設された跡で、
現在の順天堂大学の前身である。
順天とは「天道に従う」、すなわち「自然の理に従う」の意味だそうだ。

最後の藩主となった堀田正倫の旧邸はきらびやさをおさえた造りになっていて、
広々とした芝生の前庭は士族らしい質素な美しさがあった。
明治になって農業と教育に情熱を注いだ堀田は、3万坪の農業試験場を造り、
長嶋出身のあの佐倉高校の創設にも多額の寄付をしたそうである。

武家屋敷を抜けて、閉館に間に合うようにとあわてて駆け込んだ国立歴史
民俗博物館、その広壮な造りはにまず度肝を抜かれた。
恥ずかしながらこんな立派な施設が32年前からあることすら私は知らなかった。
農業県である千葉県が教育にも結果を出そうと、保守色の強い県が国に
圧力をかけて誘致したのであろうか。

戦禍を免れた佐倉はいま東京のベッドタウンとして17万人を擁しているが、
旧町名を残すなど城下町のたたずまいを保つ努力は続いている。
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# by shuzot16 | 2016-02-27 13:29

駅伝に明けた正月

元旦の実業団ニューイヤー駅伝、そして学生の箱根駅伝と
テレビに釘付けになった3日間だった。
それにしても圧倒的な強さの青山学院の完全優勝は鮮やかだった。
どの区間でも顔を歪めることがなくさわやかな走り。
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# by shuzot16 | 2016-01-04 18:28

見上げれば滝に男の不屈あり (収三)

梅雨明けの先週二歩会で奥日光に行ってきました。
うわさに違わず外人客が多いのにはびっくり。
目玉は宿泊した湯の湖から流れ落ちる湯滝の勇壮な眺めだ。
滝沿いの階段を下りて、滝壺から上を見上げた時のひたすら流れ落ちる水の迫力。
断固として考えを曲げない男の強い意思のようなものを感じた。
随所に滝のある奥日光でもこれは屈指の姿だろう。
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# by shuzot16 | 2015-07-29 17:48

安達太良山ほんとの空や大雪渓 (収三)

台風一過の5月15日、二木会の精鋭11人は紛れのないあくまでも大きな
空にそびえる標高1708mの安達太良山を目指した。
幹事の計らいで東北線二本松駅からはタクシーで奥岳登山口に到着。
そこからはゴンドラで一気に380m駆け上がって残りは460m。
この位が後期高齢期に差し掛かったわれわれにはちょうどよい距離だ。

木道を過ぎてしばらく歩くと突如せせらぎの音が聞こえてきた。
流れに手を浸すと切れるような冷たさだ、これは雪解川の水に違いないと
想像したらまさに正解、間もなく水源の広大な雪渓が眼に飛込んで来た。
スキーも十分出来るほどの広さで頂上に向かって続いている。
高木リーダーの切ったステップを一歩一歩踏みしめながら登って行った。

雪渓を過ぎると頂上はもう指呼の間だ。
安達太良山山頂の標識柱にたどり着いたら向こうにもうひとつ小山が見える。
これが郡山を過ぎたところでJRの車中からぽつんと見えた乳首山だったのだ。
鎖場の岩山を20~30m登ったところが真の山頂であった。
遥かに磐梯山、近くに吾妻小富士を望み、眼下には雪に覆われた火口が
ひろがりまさに苦労のしがいのある絶景であった。
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# by shuzot16 | 2015-05-18 14:11

霞ヶ浦の南岸をひたひたと予科練の道

なんと幹事の大森君が下見をしているにもかかわらず急病で参加をキャンセル。
絶好の日和を不意にしてしまった。3月24日土浦駅を出発した13人は蒼天のもと、
遮るもののない霞ヶ浦の岸辺を強風にあおられながら突き進んだ。
桜並木は息を吹きかければ今にも咲きそうな膨らみかけた蕾をつけていた。

初めの目的地・予科練記念館は阿見町の自衛隊武器学校に隣接していた。
昭和14年予科練は「飛行予科練習部」として横須賀よりこの地に移転された。
予科練には終戦までの15年間、14歳から17歳までの若者24万人が入隊、
特別攻撃隊として出撃したものも多く8割の人が亡くなったそうである。
土門拳がとらえた訓練風景の写真もあったが、きょう見学しているわれわれの
60年前の年と重ね合せると、なんのための入隊であったか複雑な思いである。
記念館のわきの庭で昼食をとったが、ホノルルマラソンのおり真珠湾の記念館を
見学したあとのようにしゅんとしてしまった。

●予科練館ビニール舞いし春嵐

はるかに辛夷の花を望む広々とした里、土手には土筆が摘み取られる待っている
かのようで、同行の乙女たちが待ち切れずに手を伸ばしていた。
霞ヶ浦越しに眺める筑波山はスタート時より大きく見えてきたのは不思議であった。
新屋敷でマイクロバスにピックアップしてもらい佐原を目指した。
途中JRAの美浦トレーニングセンターに立寄った。あまりのスケールの大きさに
目を見張るものがあった。厩務員のための4階建ての宿舎が20棟も立ち並んでいた。

早々と佐原の「うなぎ割烹長谷川」に到着、所要のある高木君・石川さんとは別れた。
ふっくらした大ぶりのうなぎはさすがに本場の味、ほろ酔い加減で藤村・三澤・幸福・
今尾・西川君・清水さん6人が高速バスの人となって、いよいよ精鋭5人が残った。

江戸・明治の時代の商家や倉が建ち並ぶ小野川のほとりの日本旅館に投宿した。
2日目はガイドがせまい佐原の街を案内してくれたが目玉はやはり伊能忠敬だ。
伊能家に婿養子になった忠敬は佐原の名主として家業を繁栄させて49歳で隠居。
江戸で天文暦学を学んだあと55歳から全国の測量を始めて20年間で、伊能図と
言われる日本全土の正確な地図を残すことが出来た。

午後は窪田君の住友金属時代の友人の紹介で香取神宮を案内してもらった。
日本には神宮と呼ばれる神社が24社あるそうであるが、香取神宮は大和朝廷時代
以来の東の出張所として重きをなしていたそうである。
予定外の潮来の水郷巡りを思い立ったがこれはドタバタしたあげく時間切れとなった。
参加できなかった大森君の企画を引き継いだ岡部夫妻に大変世話になってしまった。
予科練のビニールの俳句は村形さんの思いをいただいたものであるが、最後に
鈴木真砂女の鴨川の天を眺めながら空飛ぶ恋人へ手を振ったシーンを再現してみた。

●強東風や真砂女の身空恋いのち (収三)
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# by shuzot16 | 2015-03-29 14:54