やはり走るように書きたい。
by shuzot16
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3,31国府津事件

皆様

先日の国府津に行った帰りに電車の中でうるさすぎ、近くの若い男性乗客から注意されました。
飲み屋で飲んだ勢いも手伝って皆、声が大きくなっていました。

一人の乗客はあきれて他の車両へ行き、もう一人からもかなり大きな声で注意されました。

我々は酔っていると、周囲の乗客との関係が分からくなって少し騒ぎ過ぎてしまう時があるということです。
年長である我々が年若い人に注意されることは恥ずかしいことです。

飲み屋の個室は良いとしても、これからは周囲にも配慮し、特に帰りの車中では静かにするようにしましょう。
また、気が付いた人はお互いに注意するようにしましょう。

OUKUN
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# by shuzot16 | 2016-04-06 17:56

13キロ歩いた果ての日本酒の試飲。

曽我丘稜縦走のプランは桜の満開とどんぴしゃりと思っていたが、
現地に行ってみるとまだまだ二分咲き、1週間早過ぎたのが残念至極だった。
それを補ってくれたのが脚を引きずってたどり着いた井上酒造の見学だ。
なんと200年こえる歴史のある七代目当主が日本酒の魅力を語ってくれた。

吟醸酒の後飲んだスパークリングワインならぬスパークリング日本酒が絶品だった。
口の中の刺激がなんとも心地よく思わず二杯もおかわりしてしまった。
看板商品の箱根山は小田原近辺でしか発売していないそうだがこんどNETで
注文してみようと思っている、横浜でも広く知らせてみよう。

今回のニッ歩会にはもうひとつ目玉があって、地元の嶋田君がゴール地点の
「いこいの村」で取れたての八つ頭と里芋を茹でて待っていてくれたことだ。
わざわざニッ歩会のために自家菜園の野菜を振舞ってくれるとは頭が下がる
思いであるが、これが今ある二木会を支える底力ではないだろうか。

今回のトータルの参加者は14名であったがその間人の出入りは激しかった。
中でも特筆すべきは、午前中の診断を終えたドクター今尾が打上げの店に悠然と
現れたことだ、まさに驚きの出来事であった。
高々300m前後の山を3つこえる山歩きだったが、山の会と里の会との境界線が
あいまいという意見もあったがこれも良しとしよう。
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# by shuzot16 | 2016-04-01 11:00

佐倉城空堀深し梅八分

大森幹事の思い入れの強かったニッ歩会の佐倉散策は企画が良くて大盛況だった。
佐倉藩は譜代大名として江戸幕府とつかぬ離れぬの関係を維持して258年間
11万石を保つことが出来た。
築城の際近くに採石場が無いこともあって城の周囲に空堀を巡らせて、
さらにそこに蝮を放して防御を固めたそうだがこれはまゆつばものか・・・。

最初に訪れたのは佐倉順天堂記念館。
ここは江戸末期の1843年、蘭医塾兼外科の診療所として創設された跡で、
現在の順天堂大学の前身である。
順天とは「天道に従う」、すなわち「自然の理に従う」の意味だそうだ。

最後の藩主となった堀田正倫の旧邸はきらびやさをおさえた造りになっていて、
広々とした芝生の前庭は士族らしい質素な美しさがあった。
明治になって農業と教育に情熱を注いだ堀田は、3万坪の農業試験場を造り、
長嶋出身のあの佐倉高校の創設にも多額の寄付をしたそうである。

武家屋敷を抜けて、閉館に間に合うようにとあわてて駆け込んだ国立歴史
民俗博物館、その広壮な造りはにまず度肝を抜かれた。
恥ずかしながらこんな立派な施設が32年前からあることすら私は知らなかった。
農業県である千葉県が教育にも結果を出そうと、保守色の強い県が国に
圧力をかけて誘致したのであろうか。

戦禍を免れた佐倉はいま東京のベッドタウンとして17万人を擁しているが、
旧町名を残すなど城下町のたたずまいを保つ努力は続いている。
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# by shuzot16 | 2016-02-27 13:29

駅伝に明けた正月

元旦の実業団ニューイヤー駅伝、そして学生の箱根駅伝と
テレビに釘付けになった3日間だった。
それにしても圧倒的な強さの青山学院の完全優勝は鮮やかだった。
どの区間でも顔を歪めることがなくさわやかな走り。
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# by shuzot16 | 2016-01-04 18:28

見上げれば滝に男の不屈あり (収三)

梅雨明けの先週二歩会で奥日光に行ってきました。
うわさに違わず外人客が多いのにはびっくり。
目玉は宿泊した湯の湖から流れ落ちる湯滝の勇壮な眺めだ。
滝沿いの階段を下りて、滝壺から上を見上げた時のひたすら流れ落ちる水の迫力。
断固として考えを曲げない男の強い意思のようなものを感じた。
随所に滝のある奥日光でもこれは屈指の姿だろう。
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# by shuzot16 | 2015-07-29 17:48

安達太良山ほんとの空や大雪渓 (収三)

台風一過の5月15日、二木会の精鋭11人は紛れのないあくまでも大きな
空にそびえる標高1708mの安達太良山を目指した。
幹事の計らいで東北線二本松駅からはタクシーで奥岳登山口に到着。
そこからはゴンドラで一気に380m駆け上がって残りは460m。
この位が後期高齢期に差し掛かったわれわれにはちょうどよい距離だ。

木道を過ぎてしばらく歩くと突如せせらぎの音が聞こえてきた。
流れに手を浸すと切れるような冷たさだ、これは雪解川の水に違いないと
想像したらまさに正解、間もなく水源の広大な雪渓が眼に飛込んで来た。
スキーも十分出来るほどの広さで頂上に向かって続いている。
高木リーダーの切ったステップを一歩一歩踏みしめながら登って行った。

雪渓を過ぎると頂上はもう指呼の間だ。
安達太良山山頂の標識柱にたどり着いたら向こうにもうひとつ小山が見える。
これが郡山を過ぎたところでJRの車中からぽつんと見えた乳首山だったのだ。
鎖場の岩山を20~30m登ったところが真の山頂であった。
遥かに磐梯山、近くに吾妻小富士を望み、眼下には雪に覆われた火口が
ひろがりまさに苦労のしがいのある絶景であった。
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# by shuzot16 | 2015-05-18 14:11

霞ヶ浦の南岸をひたひたと予科練の道

なんと幹事の大森君が下見をしているにもかかわらず急病で参加をキャンセル。
絶好の日和を不意にしてしまった。3月24日土浦駅を出発した13人は蒼天のもと、
遮るもののない霞ヶ浦の岸辺を強風にあおられながら突き進んだ。
桜並木は息を吹きかければ今にも咲きそうな膨らみかけた蕾をつけていた。

初めの目的地・予科練記念館は阿見町の自衛隊武器学校に隣接していた。
昭和14年予科練は「飛行予科練習部」として横須賀よりこの地に移転された。
予科練には終戦までの15年間、14歳から17歳までの若者24万人が入隊、
特別攻撃隊として出撃したものも多く8割の人が亡くなったそうである。
土門拳がとらえた訓練風景の写真もあったが、きょう見学しているわれわれの
60年前の年と重ね合せると、なんのための入隊であったか複雑な思いである。
記念館のわきの庭で昼食をとったが、ホノルルマラソンのおり真珠湾の記念館を
見学したあとのようにしゅんとしてしまった。

●予科練館ビニール舞いし春嵐

はるかに辛夷の花を望む広々とした里、土手には土筆が摘み取られる待っている
かのようで、同行の乙女たちが待ち切れずに手を伸ばしていた。
霞ヶ浦越しに眺める筑波山はスタート時より大きく見えてきたのは不思議であった。
新屋敷でマイクロバスにピックアップしてもらい佐原を目指した。
途中JRAの美浦トレーニングセンターに立寄った。あまりのスケールの大きさに
目を見張るものがあった。厩務員のための4階建ての宿舎が20棟も立ち並んでいた。

早々と佐原の「うなぎ割烹長谷川」に到着、所要のある高木君・石川さんとは別れた。
ふっくらした大ぶりのうなぎはさすがに本場の味、ほろ酔い加減で藤村・三澤・幸福・
今尾・西川君・清水さん6人が高速バスの人となって、いよいよ精鋭5人が残った。

江戸・明治の時代の商家や倉が建ち並ぶ小野川のほとりの日本旅館に投宿した。
2日目はガイドがせまい佐原の街を案内してくれたが目玉はやはり伊能忠敬だ。
伊能家に婿養子になった忠敬は佐原の名主として家業を繁栄させて49歳で隠居。
江戸で天文暦学を学んだあと55歳から全国の測量を始めて20年間で、伊能図と
言われる日本全土の正確な地図を残すことが出来た。

午後は窪田君の住友金属時代の友人の紹介で香取神宮を案内してもらった。
日本には神宮と呼ばれる神社が24社あるそうであるが、香取神宮は大和朝廷時代
以来の東の出張所として重きをなしていたそうである。
予定外の潮来の水郷巡りを思い立ったがこれはドタバタしたあげく時間切れとなった。
参加できなかった大森君の企画を引き継いだ岡部夫妻に大変世話になってしまった。
予科練のビニールの俳句は村形さんの思いをいただいたものであるが、最後に
鈴木真砂女の鴨川の天を眺めながら空飛ぶ恋人へ手を振ったシーンを再現してみた。

●強東風や真砂女の身空恋いのち (収三)
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# by shuzot16 | 2015-03-29 14:54

箱根駅伝4区をウオーキング

平塚から二宮まで旧東海道と国道1号線を歩き、二宮から小田原まではJR利用。
箱根駅伝の4区を学生の選手たちなら1時間ちょっとで走り切るところを、
20名の年寄り軍団は歴史の襞に触れつつ7時間かけて早春の湘南を堪能した。
   
    ●歩のごとし年金生活二月果つ

花水橋をわたって大磯に入り化粧坂をすぎると旧道の松並木がつづく。
電柱のない大磯のメインストリートは空が明るく大きくすっきりと見えた。
平安時代末期から相模の国の国府が置かれていた大磯は明治以降、
各界名士の邸宅・別荘が150を超え、蘇峰や藤村も遊んだところそうだ。

    ●湘南にやはりこだわり水温む

火災で母屋が焼失してしまった旧吉田茂邸を訪ね、その足で筋向いに残る
旧三井邸の庭園にある大磯城山公園の茶室で緑茶を喫し展望台に登った。
二宮駅では予定通り小田原城に向かうグループと分かれて、
目の前にたたずむ吾妻山の300段の階段をのぼり山頂にたどりついた。
そこは菜の花と水仙の群生、はるかに箱根・丹沢が連なり堂々と富士山が屹立。

    ●なのはなや富士の裾引く相模灘

旧東海道のウオーキングも最後はJRをふた駅乗り継いで小田原に到着。
明治26年創業の壮麗な「唐破風入り母屋造り」の達磨料理店で打上げと相成った。
筆も口も達者な三澤リーダーの綿密なるプランに感謝するのみである。
来月の北陸新幹線の開業をひかえて加賀金沢が気になる1日であった。

    ●三月が手招きするよレディー・カガ
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# by shuzot16 | 2015-02-20 18:17

●ドブ板通りスカジャン革ジャンおあ兄(じい)さん (収三)

1月14日二歩会三浦半島横断に17名参加の新記録

京都より村形明子さん、地元横須賀より上床君を初めて迎えて、
10時安針塚駅を堂々と出発と言いたいところをだらだらと17名が出発した。
30分足らずで按針塚の手前の急登に差掛ったところで窪田君が転倒。
すぐに立上がったが瞬間的に記憶が途切れたそうで顔から血を流していた。
今尾ドクターが言う脱水症の症状らしいが用心用心。

●荒星や三浦按針四百年 (収三)

英国人ウイリアム・アダムスは関ヶ原の合戦の前年1600年、九州臼杵に漂着した。
その後家康によって250石の旗本に取立てれて三浦按針を名乗った。
按針の名はもともとの職業であった水先案内人に由来しているそうだ。
塚山公園には今按針夫妻を慰霊する二基の供養塔が建てられ按針塚と呼ばれる。

●冬凪や第七艦隊かすみゐて (明子)

塚山公園の展望台からは横須賀の軍港の全貌がが見渡せる。
12月の下見の時には巨大な姿をさらしていた原子力空母ジョージ・ワシントンは
見当たらずいずこを航海中であろうか・・・。

●大楠山冬麗はやも曇りきて (明子)

三浦半島の中央部にそびえる(?)大楠山は標高240mとあるが決して甘くはない。
高速の横横道路に付かず離れず道をたどると阿部倉温泉ののどかな里を過ぎる。
240段の階段の果てにゴルフ場のフェンスにたどり着き山頂の電波塔が見えてきた。
そこで昼食と相成ったが、なんとこの寒風の中ランニングシャツのGIのご仁がいて、
別掲のように高木カメラマンも記念撮影におさまっていた。
大楠山の展望塔からは相模湾と東京湾が一望出来てまさに三浦半島の臍であった。

●十七人持ちつ持たれつ冬ハイク (明子)

14時ここで幸福君の発案ですぐにバス停に下る弱音組と、予定通り遊歩道を目指す
敢闘組に分かれて出発した。落葉のクッションの下りの山道が気持いい。
ほどなくせせらぎに沿った遊歩道に出たがここでも二手に分かれて、私は車が通る
コースを選んで歩くと、頃合いの喫茶店がありひと息入れることが出来た。
バスで逗子へ向かうと葉山の街に入り建ち並ぶ別荘の色合いが変わってきた。
打上げは逗子駅前の日本料理店「はら田」で貸切の宴会となった。

参加者:井桁・稲田・上床・大森・岡部・神田・窪田・幸福・清水・高木・西川・藤村・
三澤・村形・森山・依田・田中(文責)
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# by shuzot16 | 2015-01-16 17:18

もうニセヤツなんて申しません。

10月25日下山後、湯屋「百楽泉」で窓から登ったばかりの山をぼんやりと眺めた。
姿妙齢なる茅ヶ岳の山並みである。
そしてその左手には似てはいるがひと回り大きな八ヶ岳の山塊が見えた。
こう見ると茅ヶ岳はニセヤツなんて言われているが山容は確かに似ている。

だがしかし甘く見たわけではないが今日の茅ヶ岳山行は思いの外辛かった。
二歩会10人のメンバーは韮崎駅からバスで登山口深田公園に着いた。
ここから標高差764mの茅ヶ岳1704mを目指したのである。
女岩まではなんとなくやり過ごせたがここからは岩がごろごろした急峻が続く。
黄紅緑の3色の紅葉のすき間からは真っ青な空が見え隠れしている。

一歩一歩脚を引上げるのに苦労しながら登っていくと小さな石碑に出会った。
なんとここが今をときめく百名山命名の父深田久弥の終焉の地と記されている。
1971年享年68歳のことだそうである。
はうようにして歩くとにぎやかな声が聞こえてきたらそこが茅ヶ岳山頂であった。

土曜日のせいか若い女性や保母さんに連れられた園児たちでいっぱいであった。
眼前にはひときわ大きな頭の白い富士山が迫ってくる。
八ヶ岳の峰々・南アルプス甲斐駒ケ岳・鳳凰三山、先月登頂したばかりの
国師ヶ岳の秩父連山と、食事がのどを通らないほどの圧倒的な眺めであった。

帰路は並行して走る尾根道コースを下ったが行けども行けども続くがれ場であった。
滝のように流れる汗はおさまる気配はなく、倒れるようにして登山口に戻ってきた。
ニセヤツなんて申してごめんなさいと言いながら、定番になりつつあるジャンボタク
シーで温泉と居酒屋を巡りゆっくりとくつろぐことが出来た。
膝の泣き笑いと格闘しつつ紅葉を楽しめた長い一日であった。
そして毎回のきめ細やかな高木幹事の配慮と小林会計にも感謝する一日であった。

井桁・稲田・今尾・岡部・窪田・小林・清水・高木・田中(文責)・依田
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# by shuzot16 | 2014-10-26 15:18