10月25日下山後、湯屋「百楽泉」で窓から登ったばかりの山をぼんやりと眺めた。
姿妙齢なる茅ヶ岳の山並みである。
そしてその左手には似てはいるがひと回り大きな八ヶ岳の山塊が見えた。
こう見ると茅ヶ岳はニセヤツなんて言われているが山容は確かに似ている。
だがしかし甘く見たわけではないが今日の茅ヶ岳山行は思いの外辛かった。
二歩会10人のメンバーは韮崎駅からバスで登山口深田公園に着いた。
ここから標高差764mの茅ヶ岳1704mを目指したのである。
女岩まではなんとなくやり過ごせたがここからは岩がごろごろした急峻が続く。
黄紅緑の3色の紅葉のすき間からは真っ青な空が見え隠れしている。
一歩一歩脚を引上げるのに苦労しながら登っていくと小さな石碑に出会った。
なんとここが今をときめく百名山命名の父深田久弥の終焉の地と記されている。
1971年享年68歳のことだそうである。
はうようにして歩くとにぎやかな声が聞こえてきたらそこが茅ヶ岳山頂であった。
土曜日のせいか若い女性や保母さんに連れられた園児たちでいっぱいであった。
眼前にはひときわ大きな頭の白い富士山が迫ってくる。
八ヶ岳の峰々・南アルプス甲斐駒ケ岳・鳳凰三山、先月登頂したばかりの
国師ヶ岳の秩父連山と、食事がのどを通らないほどの圧倒的な眺めであった。
帰路は並行して走る尾根道コースを下ったが行けども行けども続くがれ場であった。
滝のように流れる汗はおさまる気配はなく、倒れるようにして登山口に戻ってきた。
ニセヤツなんて申してごめんなさいと言いながら、定番になりつつあるジャンボタク
シーで温泉と居酒屋を巡りゆっくりとくつろぐことが出来た。
膝の泣き笑いと格闘しつつ紅葉を楽しめた長い一日であった。
そして毎回のきめ細やかな高木幹事の配慮と小林会計にも感謝する一日であった。
井桁・稲田・今尾・岡部・窪田・小林・清水・高木・田中(文責)・依田