![]() やはり走るように書きたい。
by shuzot16 カテゴリ
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恒例の横田基地でのフロストバイト・レースに孫の千晴と参加した。
昨年もエントリーしていたが手術してすぐで棄権したが、 今年は何が何でもスタートライン立とうと5kレースに挑んだ。 案の定ランニングは100mくらいしか続かず歩いたり走ったりの 繰り返しであったが、何とかゴール出来た。 タイムは48分、このままのペースで行けば来月の東京マラソンの 7時間の関門をクリアー出来るが現実性は遠のいたような気がする。 走るか走らないかは来週主治医の山岸先生との話で決める つもりだが、何だかとても清々しい気分だ。 今シーズンはこんなものでも来シーズンへ明るさが見えて来た。 それと小学校3年の千晴が2kを9分で走ったのが楽しみだ。 兄の夏生と違ってランニングが嫌いではないらしく、 来年は一緒に5kを走ることを約束してくれた。 千晴のひた向きな姿勢と明るさがいっそう勇気づけてくれる。 ことしの正月は音楽会づいていた。
4日は上野の文化会館で寺田まりちゃんのピアノリサイタル。 日本デビュー15周年記念だそうで、 最後のムソルグスキー作曲の「展覧会の絵」はオーケストラでも 演奏される大曲であるが、 これを10曲一人で弾き切ったのは圧巻であった。 つぎは内藤彰の東京ニューシティオーケストラ恒例の NEW YEAR CONCERTで王子のさくらホールへ。 ドナウ河がコンサートのテーマで、 若い曽我大介は「ハンガリー狂詩曲」や「ルーマニア狂詩曲」を 狭い指揮台の上で踊るように振っていた。 最後はすぐ近くにある神奈川大学吹奏楽の定期演奏会だ。 何度も吹奏楽コンクールで金賞を取っているだけに みなとみらいホールを迫力あるサウンドで揺るがした。 スメタナの交響詩「わが祖国」に続いて、 アンコールの「星条旗よ永遠なれ」では両袖から ブラスバンドも参加して鳴り止まない拍手で幕となった。 三つのコンサートとも弥生のアレンジでありがたかったが、 弥生は来週も紀尾井ホールでの予定が入っているそうで うらやましい限りだ。 まだ五日、今年の正月はとても長く感じる。
二日の兄弟会では甥・姪と子ども達30人が集まった。 その余韻が家にはまだ残っているが、 突然現れた獅子舞が我が家の庭先で舞ってくれた。 舞納めに大きな口をパクリとして怖い顔の獅子頭を脱いだら 少年の童顔が現れてびっくり。 今年の目玉はなんと言っても姪の美緒が連れてきたフィアンセ。 去年の新入社員1200人の中で巡りたった二人だそうだ。 奇跡的なカップルが兄弟会にフレッシュな風を 吹きこんでくれて幸先のいいスタートが切れた。 小樽出身の吉岡祥平くんに乾杯。 もういくつ寝るとお正月、と楽しみとあわただしさが入り混じった
数え日の季節になったが、 私にとっては東京マラソンまであと何日が頭をよぎってしまう。 12月はプールに20回以上通った。 そして130k歩いているがその内ランニングが1~2割か。 東京マラソンの制限時間は7時間だから、 計算上はウオーキングよりちょっと早い キロ10分で走れば何とかなるが・・・ まだ100m続けて走るのがやっとだから道は遠い。 1月15日にフロストバイトで5kをエントリーしているので これが後のない正念場になるだろう。 PS:今日芝生の上で500m3本走れました、よたよたでしたが・・・ (12月29日) よれよれで1k走りきれた、11分かかった、これからだ(大晦日)
今年はこのまま終わるのかと思っていたら、
孫の夏生の野球ティームのハマヤンキースが18日 1週間早いクリスマスプレゼントをしてくれた。 夏生が今度の決勝戦は絶対勝つから見に来てくれと言っていた。 相手は阪神タイガースと同じユニフォームの戸部タイガース。 両ティームとも守備力がよくて引締まった試合だったが、 6回ハマヤンは4番バッターが満塁で走者一掃のスリーベース。 これが決勝点となり3-0の勝利。 市大会・区大会に続いて若獅子杯での優勝旗授与で、 ヤンキースばりのピンストライプのユニフォーム姿の キャプテン夏生は3度目でなれたものだった。 つくづく野球は勝つことに意味があると思ったが、 DeNAベイスターズも爪の垢でも煎じて反省してほしいものだ。 膝の手術をして1年経ってようやく良化して来たような気がする。
坂を下っても階段を下りても膝に痛みがなく 楽に歩けるようになった。 昨日からはプールで水中ウオーキングを再開した。 水の抵抗が強くて30分でもかなりの運動量だ。 これを週3回にしたいがどうだろうか。 それから2k歩いた後芝生の上で走ってみたら100mはいける。 12月からはこれを少しずつ距離を伸ばしていこう。 徐々に走れるようになったとしても2年間の空白は心拍数と持久力。 東京マラソンまであますところ3ヶ月になってきた。 10月は200k歩いたがまだゴールシーンのイメージはわいてこない。 しかし、わたしはあきらめない。 晩秋の11月14日、二歩会の仲間6人は鶴見川の源流を訪ね、
川を下って鶴川まで14kのコースを歩いた。 源流は1日1300トンの湧水があるというふれこみであったが、 水源ではあふれるような水量は確認できなかった。 子安の河口まで42kの鶴見川はかつては汚染度ワースト1とか、 度々洪水を起こす暴れ川と言われていたが今では治水が行届き、 川原では白鷺やかわせみ・鴨が遊ぶ清流に生れ変っていた。 健脚の大森はトップでみんなをぐいぐいと引っ張り、 口達者の三沢は地元の古老から聞いた湧水の話をしてくれた。 昼食は町田市街が見渡せる小山田緑地の見晴台にしたが、 ここでは岡部が熟し柿をふるまい、 青森から帰ったばかりの小林はニンニクのお土産をみんなに配った。 小山田城址らしきものが近くにあったが、 これは源頼朝の御家人小山田有重の築城跡ではないかと、 アルパカの帽子を被った今尾がウンチクを披露してくれた。 つねに最後尾の田中は脚を引きずり必死になってついてきた。 予定の距離の半分をこなすのがやっとであったが、 打上げの居酒屋ではそんなことに文句を言うものはいなかった。 (敬称略・文責田中収三) 午前中日産スタジアムの新横浜公園を7k歩いた。
それからいつもの生麦の鍼灸院へ出かけたら、 先週よりも腿の筋肉はやわらかいと大庭先生に言われた。 早歩きにジョギングを交えたWALKINGをすすめられたので さっそく夕方膝のサポーターとポールを使わず外へ出た。 最初の一歩を踏出すのに勇気が要ったが 思い切って走り始めると50mほどは続く。 膝をかばってだんだん腰が落ちてきてそれ以上は無理だが、 3kのコースを十数回走りを交えてみた。 走りを忘れてしまった筋肉が目を覚ますには これから先どのくらいの月日がかかるのだろうか? ぼちぼち行くしかないが私には4ヵ月しかない・・・。 ハロウインや七十億のひとりこそ (10月28日) PS:今月WALKINGが200kになった。よくやった、エライ! そのうちRUNNINGが1kちょっとかな。 (10月31日)
きょう家内と大桟橋前の開港資料館で岡倉天心の講演会に出かけた。
ちょうどふた月前、家内のオペラのコンサートに村形明子さんと きょうの講師の新井恵美子さんが聴きに来られて、 コンサートに感動されたお礼に村形さんがきょうの講演会に 招待してくれたという訳だ。 講演会の冒頭、「京大名誉教授の村形さんの親友田中収三さん、 きょうお見えになってますか?」と講師に呼ばれて 満座のなかで挨拶するはめになってしまった。 岡倉天心の偉大さは十二分にわきまえているつもりであったが、 英語と漢籍の天才、東大の第一期卒業生だそうで、その後 上野の杜を美術の杜にしようという志で今の芸大を興した。 天心は根っからの新しもの好きで、 芝生やサッカーを初めて日本に持込んだとは驚きだ。 (正岡子規の野球好きと時代もどこか似ている) ここからが本論であるが2013年は天心生誕150年で、 横浜生まれであるので横浜市長も天心サミット開催に 動いているそうだ。 そうなると天心とは切っても切れない縁のアーネスト・フェノロサ 登場と相成り、フェノロサ学会の会長の村方明子さんの登板と なるのではないだろうか? その時には二木会の皆さまにもお世話になるかもしれません。 天心の実弟・由三郎が天心のことを「狷介孤高(けんかいここう)」と 表現したそうだがどなたか正しい意味を教えてください。 PS:講師の新井恵美子さんは平凡出版、現在のマガジンハウスの 創立者の長女だそうだ。
今日も一日ほとんどリハビリづけだった。
朝食前に3k歩いて午前中スポーツクラブのメガロスで筋トレ。 その帰り週2回通う生麦の鍼灸院へ寄った。 昼食をすませてひと寝入りして目が覚めたら日産スタジアムへ。 昨日のランニングデポでは10k歩いたが、 今日は4k歩いてこれで今月100kを超えた。 その後おそるおそる芝生の上で走ったみたら走れるではないか。 1年前走ったときのような痛みはない。 20~30mを10本くらい走ったが止まるとき膝に少々痛みが走る。 鍼灸院の先生とは11月にたったら走り始めようと話していたが、 この調子だと4ヵ月後の東京マラソンに間にあうかもしれない。 膝の手術をして来月で1年になるが リハビリの遅れをどこまで取りもどせるか。 三度目になる東京マラソンに光明が見えたきた。 (10月17日記)
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